こんにちは、
天国の父へ③です。
今回は、・怒るときの着火点が短くなり の話をしていきたいと思います。
昔から激怒すると1時間~2時間の説教はざらでした。酷い時には、物が飛んでくるときもあったりしました。(怒られている本人に当たらないように投げるのですが。。。)
ただ脳梗塞を起こし退院してきてからは、
・帰りが少し遅くなると言って母を連れて買い物に行き 家に帰るのが遅くなると激怒する。(途中電話も入れている) ですから、いつもバタバタでゆっくり買い物をする事ができませんでした。ですので、少し遅くなる時は 家に帰ったら また父に怒られると思い帰るのが憂鬱になることもしばしばでした。 ※母が側にいないと嫌なようで、私一人だけなら何も言われませんでした。
・毎晩のように晩御飯に文句を言い、酷い時はおかずが入ったままの器を投げる。当然のことながら、その器は割れて後始末をしなくてはならない。その始末はいつも母がしていました。 父は母の作ってくれたご飯が一番うまいと言っていたのですが、この頃には、毎晩文句を言うようになっていました。
・お風呂も18:00にお湯がはってないと激怒する。しかし、その時の自分の都合で(例えば、見たいテレビがある)22:00以降に入るときもある。
そして、お湯の温度も自分好みの熱さで入っていないと嫌で少しでもぬるかったり熱かったりすると呼びつけてお湯の温度を調節させる。よく私は、調節くらい自分ですればと言っていたのですが、絶対しませんでした。
ある時には、お風呂のシャンプー類を投げつけ容器を割り洗剤が床にこぼれて ベタベタになりました。そこを父は歩いて滑って転んでしまいました。 そのベタベタになった床を1時間以上かけて母が拭いていたので、父もそれを見て悪いと思ったのか一緒に拭いていました。
ある時は、湯船のお湯を桶に入れて床にまき散らしました。ですので、家の中の扉のベニヤ板はビロビロです。(1か月の間に、2度ほどありました。)
ある時は自分のもの以外は、お風呂から(シャンプー等)出せと言い毎回お風呂に入るときに持って入り、出るときに持って出ました。しかし、お風呂の外に置いてあっても散らかっていると言い出した父は屋外に出せと言いました。 私も、いくら何でも腹が立ち「私たちは居候なの?他人?」と怒鳴ってしまいました。
この続きは、次回の記事で書いていこうと思います。